SS徒然未分類リネ日記
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2007.04.08 Sun
「ふあぁぁ~~。おはよ~~」

 欠伸を噛み殺しながら寝起き特有の不機嫌な顔で起きてきたのは、美しい美貌とグラマラスなスタイルが魅力の、美神除霊事務所のオーナーである美神令子その人である。

「おはようございます美神さん」

 そんな美神をキッチンから出てきて、笑顔で迎えたのは氷室キヌ。300年間幽霊だった彼女であるが、生き返って後、ここ美神除霊事務所のアシスタントとして住み込みで手伝いをしている。
 したがって、キヌがソファーに腰を下ろす美神の前に、朝のお茶と新聞の朝刊を差し出すのは、既に毎日の決め事のように繰り返し行われている行事だ。

「ん、ありがとおキヌちゃん」

 そう言って差し出された新聞を受け取る美神。まず経済面から見始めるところが、守銭奴美神令子の面目躍如といったところか。

「……大体あんたが見境なく引っ張りまわすから」
「……拙者は見境なくなどござらん!」
「……なんでもいいから、この縄をほどいてくれ…」


 そこに、少女二人の声と、若い男の声が外から聞こえてきた。美神にとっても、キヌにとっても聞きなれた声である。声は徐々にこの部屋に近づいて来ると、ドアが勢い良く開かれた。

「ただいまでござる!」
「ただいまぁ~」
「……おキヌちゃん…水を一杯…たのむ」
「クスッ、はい今むぎ茶を入れてきますね」

 少女二人は、美神除霊事務所のもう二人の居候、人狼のシロと妖狐のタマモ、そして息も絶え絶えな男は事務所のアシスタント(丁稚)横島忠夫だった。
 シロとタマモは、紆余曲折あって、今現在、美神除霊事務所の屋根裏部屋に寄宿している。そして、横島は相変わらず美神の丁稚という身分のまま毎日こき使われていた。

 朝から横島がバイトで事務所に来るとき、大抵早朝からシロは横島の家まで押しかけていく。そして、本人曰く『散歩』、横島曰く『耐久トライアスロン』という付近(?)の散策を経てから事務所に来るのだ。今日は珍しくタマモも同伴したらしい。

「あっ!おキヌちゃん、私もお茶頂戴」
「拙者もほしいでござるよ」
「はいはい。それじゃ三人とも手を洗って待っててくださいね」

 ソファーに座った三人に冷たいむぎ茶が差し出される。まだ残暑が厳しい日々だ、何気なく入れられた氷がとても嬉しい。

「まったく、朝からタフね~」

 ここで、ずっと新聞に目を落としていた美神が言った。
 美神自身は必要とあらば徹夜も朝駆けもこなす人ではあったが、基本的には朝は弱い。早朝起きだして限界一杯の運動などもっての外だ。
 なので、毎度毎度、繰り返し行われるこのレクリエーションには、呆れながらも感心していたりもするのだ。

「拙者、狼でござるからな。この程度は屁でもないでござる」

 と自身の身体能力に胸を張るシロだったが。

「その分、バカ犬は”おつむ”が足りないから」

 そこをタマモに茶化されて、言い争いがはじまってしまった。
 だが、これもまた、毎度のレクリエーションである。美神もキヌも横島も仲裁に入ろうとはしなかった。


 そんな折、横島が新聞のある記事に注目した。美神は経済面を見ているので、彼女の対面に座っている横島には、必然的に1面とテレビ欄が目に入る。問題の記事は1面トップだった。

「へ~日本で金山が見つかったらしいっすね」

 ピクリ。と反応する美神。
 美神はお金が大好きだ。どれくらい好きかというと、横島の命の万倍は好きだ。そんな彼女にとって『金山』という単語は、まさに馬に人参。一瞬で横島の視線の先を確認すると、食い入るように金山の記事を読みふける。
 その様は、ものすごく真剣であり、横島もおキヌも微妙な微笑みで見守るしかなかった。
 目を皿のようにして記事追う美神。だが、視線が記事の『ある箇所』を認めると、表情がギラギラした守銭奴のそれから、憂鬱を秘めたものへと変わっていた。
 そんな美神の変化に、皆は疑問の表情を向ける。

「……拙いわね、これ」

 一度言葉を切る美神。居間にいるメンバーを見渡す、シロのところで視線を止めた。

「この金山のある場所……人狼の里のすぐ傍よ」

 そういって、新聞記事に載っている金山の地図を指し示す美神。たしかにそこは、シロの故郷である人狼の里の本当にすぐ近くであった。


 発見された金山と、人狼の里が近い。それのどこが拙いことなのか?美神の言うことがイマイチ理解できなかった横島は、疑問をそのまま口にした。

「…あんたねぇ。金山が見つかったらどうすると思う?」

 呆れたように美神が言う。

「そりゃ掘るでしょ?」
「そうね、そして掘るには、それなりの機械やら設備やら人員が必要になるわ」
「そうっスね」
「……あんたが掘るとして、一々あんな山奥まで毎日通う?」
「それは嫌っすね~毎日掘るならそこに住んで────そうか?!」

 横島も理解したらしい。

「そう、金鉱脈を採掘するために、付近一帯は徹底的に開発されることになるわ。インフラ整備は勿論、各種工場、それを支える人たちの住居。場合によっては町が一つ出来ることになるかもしれない。」

 美神は続ける。

「そうなったら、近くにある人狼の里なんて、開発の波にあっさりと巻き込まれる事になる訳だけど……人狼の一族は、そうなったら他所に移っていくかしら?」

 美神はそこで人狼の、問題となっている里の出身であるシロに話を振った。

「……狼は誇り高い生き物でござる。先祖伝来の土地を捨てゆくなど、考えられないでござるよ」
「……そうよね」

 なんとも言えない空気が部屋に広がる。

「でっでも!まだそうなった訳じゃありませんよね?ほっほら!この金山、実はぜんぜん大したことなくて、開発なんてされないかもじゃないですか?」

 そんな空気を払拭しようと、おキヌが気丈に楽観論を言い立てた。そんな彼女の気遣いで、事務所の空気が少しだけ軽くなる。

「そうね、とりあえずそうなることを祈って……私達は朝御飯にしましょうか」




 だが、事態はそんな彼らを嘲笑うかのように進展していく。
 最初のニュースから僅か1週間後、かの金山を大々的に採掘すべく、大手企業数社による開発プロジェクトが発表された。








「拙者!里に行くでござる!」
「ちょっと!待ちなさいよバカ犬!」

 そう言って飛び出していくシロと、追いかけるタマモ。

「……まぁこんなのを見ちゃったらね、しかたないか」

 そう言って、美神は直前までシロ達が見ていたテレビ番組を一瞥した。
 そこには例の金山を取り上げているワイドショー番組。そして、映し出されている映像は、急ピッチで開拓されていく付近の森の姿である。既に建設業の重機などが多数現地に搬入されており、仮設の建築物もかなりの数が建てられているらしい。
 シロとしては、里の仲間が気になって、居ても立ってもいられなくなったのだろう。

「横島クン、一緒に行ってあげて。くれぐれも暴走させないようにね」

 溜め息を一つ吐くと、美神は横島にそう言った。

「勿論そのつもりでしたけど……美神さんは行かないんスか?」

 なんだかんだ言っても、身内には甘い美神であることを横島は知っている。そんな彼女ならば、一緒に行くものだと思っていたので少し意外だったのだ。

「私は少しこっちであがいてみるわ」


 そうして、シロ達を送り出した後、美神は幾つかの手を打った。

 まずやったのは、人狼の里付近の土地買収である。
 開発だろうがなんだろうが、基本的には土地所有者の許しを経て初めて行なわれるものであるから、その立場に美神自身がなってしまおうというものだ。
 美神令子は自他共に認める守銭奴だ。無駄な出費、一文の得にもならない働きを何よりも嫌う。だが、同時に自らの価値観において『必要』と認めたものに金銭は惜しまない性格でもある。
 彼女は今、人狼の里を守ることが『必要』だと感じていた。金銭を惜しむつもりはない。

 次に、自然保護団体に対して、かの地の自然を守るべく活動をおこすよう働きかけた。この辺は効果が薄いが、じわじわとボディーブローのように効いてくるかもしれないという、半ば願望的な手段ではあったが。

 そして、最後にオカルトGメンを通して『人狼の里を刺激することは、決して人間のためにはならない』という旨の文章を政府宛に陳情した。
 人狼の里のことは、一般人は知らないが、例のフェンリル事件により、日本政府首脳部などはその存在を把握している。
 フェンリルと化した人狼の脅威を、彼らはGメンの報告書などで知っているはずであり、自分とオカルトGメンからその旨を再度提起すれば、もしかすると政府主導により開発の中止、そこまではいかなくとも人狼のテリトリーを犯さないように開発計画をもっていけるかもしれない。

 このようにして、美神の数日は矢のように過ぎていった。






 一方の横島であるが、彼はシロタマの二人と共に人狼の里まで来ていた。
 今は長老の家にて、集まった里の者達に金山騒動を説明をしている。

「…なるほど、俄かに外界が騒がしいと思っていましたが、そのような事になっていたとは」

 横島達の説明を受けて長老が呻いた。他の者達もこの急転事に慌てたり、声を失ったりしているのが分かる。
 自分のせいではないが、人間の所業が彼らに迷惑を掛けてしまうということで、横島は恐縮してしまった。

「多分、美神さんが色々と手を打ってくれているとは思うんですけど…すんません」
「いや、恐縮しないで頂きたい。むしろ、また我々の為に労を惜しまず働いて下さる貴方達に、感謝こそすれ疎む理由などないというもの」

 横島に対して長老はそう言った。広間に集まっている人狼達も、それに対して頷いてくれる。
 横島は嬉しかった。こんな事になっているのに、それでも自分を受け入れてくれたことが。

「…水を差して悪いけど、これからどうするの?」

 と、先ほどから黙って成り行きを見ていたタマモが口を開いた。たしかに未だ方針などは何も決まっていない。

「確かに、何か手を打たねばならぬやもしれぬ」

 そう言って考え込んでしまう長老。結界のおかげで里は未だに発見されていないが、このまま開発が進み、森が伐採されていけば、いずれその存在がバレてしまうのは時間の問題だ。

「あの~~~。いっそ堂々と姿を現して『ここは人狼の里だから開発してはダメだぞ』とかなんとか言ってみたら?」

 横島がそんなことを提案してみた。

「……そんなのが通れば誰も苦労してないわよ」

 呆れた…と言わんばかりにタマモが首を振る。
 そして、長老が言葉を発した。

「確かに、横島殿が言うように事が運べば理想的でござろう……しかし、人間は異種、異分子を酷く恐れる。皆があなたのように寛容ではないのでござる」

 長老は少し悲しそうにそう言った。

「それ故に、我々は今までこうして人とに接触を絶ってきた。更に今は利害が絡んでいるとの事、とてもこの里を認めさせることは出来ぬでござろう」

 う~ん。と考え込む一同。このままでは不味いと分かってはいるが、妙手が浮かばない。無論、里を捨てることは論外である。
 そんな一同を見やって、タマモがこう言った。

「しかたないわね。私が知恵を貸してあげるわ」







 時刻は夜。
 金山開発の先発隊として選ばれた男達も、一日の汗を流して休養に入っている時間である。彼らは仮設住宅に戻り、各々が飲酒や娯楽に興じていた。
 だが、そんな折、彼らの蟄居する仮設住宅の電源が落ちた。

「おっ?なんだ?何事だ?」
「真っ暗だ、なにも見えないぞ!」

 突然の事態に慌てる従業員達。
 ここは山中であり、建物の明かりが落ちると、本当に真っ暗闇となる。真の暗闇は、人を不安にさせ、怯えさせるものだ。
 だが、遠くに見える別の仮設住宅は、電気の明かりが灯っており、この停電が自分達の仮設住宅だけであることが分かると、だんだんと落ち着いてくる。

「発電機が故障したのか?」

 そう言って、バラバラと建物から出てくる人々。とにかく原因を突き止めたいのだ。


 ──最初に気がついたのは誰であったか?──

 森の中に人影らしきものが見えた。
 鎧兜に陣羽織、槍に刀に弓鉄砲。なんとも物々しい格好の集団。陣羽織は血に染まり、槍や刀は半ば折れているものもある。非常に激しい戦いをした後のような痛々しい姿であった。
 そして、先頭には、何故か旧日本軍の軍服を身に纏い、頭に鉢巻を締め、そこに2本の懐中電灯を差して日本刀をもっている少年。よく見ると人魂なんかも飛び回っている。

「八房さ~ま~の~~~た~た~り~じゃぁぁぁーーーーー!!!」
「たたりでござる~~~!!」

 そんな声が暗い森に響いた。

 蟻の子を散らすかのよう逃げていく金山開発の従業員達。それはもう見事な慌てっぷりだった。
 そんな人々を見やりつつ、旧日本軍の軍服少年と落武者の一人が呟いた。

「とりあえず……成功なんか?」
「拙者なんだか情けないでござるよ…」

 これが、タマモの作戦『ミッション八房村』である。鎧武者は里の者たちであり、人魂はタマモの狐火だったりした。






「プッ。中々上手いことやってるじゃない」

 テレビに踊るのは「恐怖!金山には落武者の祟りが!」などというテロップ。
 これで、とりあえず金山の一件は世間的にもオカルト絡みとなり、GSやオカルトGメンの発言力が増すだろう。美神は現場連中の奮闘に目尻を下げた。
 だが、それもつかの間、直ぐに険しい表情になって、デスクの上に散らばる書類に目を落とす。

「その様子だと、手こずってるようね」

 美神の目の前、ソファーに座りながら声を掛けてきた女性。美神令子の母親、美神美知恵である。

「…うん」

 まず、買収の件は、やはりというか後手だった。
 既に金山周辺の土地は、業者などの介入が本格化しており、少し前まで二束三文だった土地の値は、もはや都市部並にまで高騰していたのである。
 それでも、その暴利ともいえる値段に苦虫を噛み殺しながら、必要な土地の買収に掛かった美神であったが、結果としては惨敗であった。
 企業が本腰を入れた強力な買収劇の前には、個人の力は微々たる物だったのだ。

 自然保護団体の方は、現地が特別な野生動物の生息地息でもない為、いまひとつ反応が鈍い。

「ママのところにお願いしてた件は?」

 そう言って、美神はGメン経由で陳情した政府宛文章の行方を聞いてみた。

「それについては、私の一文もつけて、上に提出してはいるわ」
「そっか。それなら最悪、国家が敵にまわることだけはないわね」

 美神は安堵のため息を吐いた。
 だが、対する美知恵の表情はあまりよくない。
 彼女は知っているのだ、情勢というものが如何に変わりやすい代物であるかということを。そして、それは大抵の場合、経済的理由から生じるものであるということも。
 金山開発────それは甘すぎる蜜なのではないかと。








「た~た~り~じゃぁぁぁーーーーー!!!」
「たたりでござるよ~~~!!」

 今日も金山麓では、横島と人狼達による『ミッション八房村』が行なわれていた。経過はなかなかに順調で、ここ数日、開発は殆どストップしている。

「…確かに効果は上がっているようでござるが、いったい何時まで続ければいいのでござるか?」

 ミッションを終え、森の中で休息をとりながら、シロは発案者であるタマモに尋ねた。

「ん~。私の目論見だと、そろそろオカGなんかが乗り出してきて、指揮を執っているだろう美知恵さんとの間で上手く話を合わせるつもりだったんだけど」

 思ったより対応が遅い。とタマモは口にした。

「どうせお役所仕事で揉めてるんだろ?……さてと、今日はもう帰るか?それとも、もう一回りすっか?」

 そう言って腰を上げる横島。だが、静かな夜の森に異変が起こる。
 地面が重い振動でかすかに揺れ、彼方からは大量のライトの明かりが見えた。

「?なんだ!?」

 横島は目を凝らすが、夜であり更にあまりにも遠いためそれが何なのか分からない。しかし、妖狐タマモと人狼であるシロはそれが分かった。

「オカG?……にしては物々しいわね」
「…ものすごい数の車でござる」

 遠目で車両に書かれているロゴが見えた『自衛隊』と。
 そして、展開される対結界装置。


 ──この日、人狼の里を守る結界は破壊された。








 流れるニュースの映像。そこには村に対して催涙弾などを撃ち込む自衛隊と、それに抵抗する人狼族との衝突が流れていた。

「こんなのおかしいです!」

 おキヌが叫んだ。やさしい彼女は、それだけに、この様な事態が許せない。彼女は六道女学院の友人と共に、人狼族を助ける署名集めをはじめた。
 行き交う人々の反応はいまいちで、とても間に合うとも思えない。集めてもそれが、どれほどの効力を持つのかも分からない。
 だが、それでも彼女は自身の信じる行動を止めなかった。








 オカルトGメン日本支部。
 その支部長室へと続く廊下を、美神美知恵は大股で歩いていた。目当ての部屋に到達すると、ノックをして部屋の主に入室許可を窺う。

「…入りたまえ」

 中からそう声が聞こえた。美知恵は「失礼します」と一声かけると、木製のドアを押し開き、歩を進める。
 室内に入ると、それなりの品位を保った応接セットと執務用の机、そして初老の男が美知恵を迎えた。

「…予想はつくが……用件はなにかね?」
「はい支部長。例の金山のことです」

 支部長と呼ばれた男は美知恵の言葉が予想通りであったのか、表情一つ変えることなく咥えていた煙草を口から離すと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。

「例の金山麓には日本最大級の人狼族集落があると、既に報告していたはずです。しがたって、性急な対応は、彼らを刺激することとなり得策ではなく、金山開発は人狼族と何らかの折衝を行なった後に着手すべきであるとも」

 支部長と呼ばれた男は、もう一度深く紫煙を吐き出す。

「無論聞いている。その旨を日本政府にも通達はしてある」
「ではなぜ?!」
「……それが日本政府の決定だからだ」

 男は低く苦虫を噛み潰した表情で、だが言い切った。

「美神君。我々は国際刑事警察機構であり、基本的に各国の内政自治に触れるようなことは一切許可されていない」
「…………」
「そして、この度の日本政府の決定は自治であり、国際法にもなんら触れることはない」
「…………」
「…したがって……ICPOとしてはこれ以上の関与はできない」

 正論、残酷なまでに正論であった。
 部屋に沈黙が流れる。美知恵は、彼女自身はもちろん、目の前の男もこの決定に不服があることを短くない付き合いから理解した。
 だが、それだけ。そこまでが公人としての限界だった。








 その頃、事態の急転を知った美神令子は人狼の里に入っていた。
 各所にバリケードなどが築かれ、既に厳戒態勢だった人狼の村であったが、里の者は美神を見知っていたので、なんなく長老のところまで通された。
 部屋には、人狼族の長老、美神と横島、そしてシロとタマモが座っている。

「あんた達の言い分は分かるし、私個人としてはあんた達の方が正しいとも思う。
 ……でも勝てないわ」

 開口一番に美神は言った。既に状況は最悪である。政府は金山プロジェクトに関与することを決定すると、人狼のことを公表したのだ。
 そして、対象が人外である為、話し合いというプロセスを飛び越えて、実力行使に出た。
 では政府は悪なのか?それも違うと美神は思う。ただ、今までこうして数多の霊障、超常に対してきた事実。それを踏襲しているだけなのだ。

「……先祖より続くこの土地を、犬神の末である誇りを捨てて、どうして生きていけましょうか」

 長老は重く言った。既に村の総意で最後まで抵抗することに決めている。
 ですが…と、長老は言葉を続けた。

「美神殿…勝手な願いではござるが……女子供のこと、お願いできぬでしょうか」
「……わかったわ」

 その言葉に、人狼達の覚悟を見た美神は、それ以上何も言えない。
 しかし、これを聞いてシロは反発した。

「長老!拙者とて武士の端くれ。拙者も一緒に!!」

 いきり立つシロ、そんな彼女を長老は優しい目で見つめるとこう言った。

「シロ、お前はまだ酒が飲めなかったな?」
「そうでござるが?」
「残念じゃな。明日は皆でまず一献飲み干すことになっている。だからお前はダメだ」

 だが、そんな言葉にもシロは諦めなかった。なんとか自分も一緒させてほしいと。

「そんな!そんなの関係ないでござる!!これでも拙者は……」
「子供が生意気を言うな!!」

 部屋に響く大音声の一喝。さすがにシロは黙り込んでしまった。
 長老は、そんなシロの目の前まで歩み寄ると、俯く彼女の肩に手を掛けて言葉を紡いだ。

「…聞き分けろシロ。…頼む…頼むから分かってくれ……頼む」

 その夜のうちに、人狼族の女子供は美神の手によって里を後にした。








 翌日、自衛隊による村への総攻撃が始まる。
 村からは火の手があがり─────人狼の抵抗は終わった。








 横島達から少し離れた森の中、シロは小川に写った自分を見つめていた。既に長い時間その姿勢のまま動かない。そんな彼女に声がかけられる。

「…今の感情は忘れなさいシロ」

 タマモだった。

「復讐はなにも生まない。それにどれだけ正義があっても、決して何も生まないわ」

 ゆっくりと、諭すようにタマモは言った。

「…でも…でも……拙者は悔しいでござる!!」

 土を握り締め、歯を食いしばるシロ。

「今のアンタの気持ちはよく分かるわ。かつて私が持っていた感情だから」
「…………」
「でもね……じゃあ横島や美神さんを殺す?」
「!?」

 シロは話の飛躍についていけない。

「アンタは『人間に復讐したい』と思っているわ。そして美神も横島もおキヌちゃんも人間よ」
「…拙者は先生達に仇なそうなどとは」
「でも、その感情はいずれそうなる、そうなってしまう」

 タマモはシロに近づくと、そっとその体を抱きしめ、やさしく呟いた。

「泣いてしまいなさいバカ犬。そして涙と共に感情を洗い流してしまいなさい」

 シロは哭いた。涙が枯れるまで泣いた。






 同じ頃、横島は適当な岩に腰を下ろして、かつて人狼の里だった場所から立ち上る煙を見ていた。

「今の気持ちを覚えておきなさい」

 そんな横島の隣に、美神が立った。視線は射抜くように立ち上る煙を見つめている。

「加害者は、過去の事件を軽く捉え、被害者よりも忘れ去るのが早いわ。でも、それは更なる両者の擦違いを生む」

 美神は自分自身に言い聞かせるように語りかけていた。

「だからこそ、加害者の側である私達人間は、このことを何時までも覚えておかなければならないの」

 美神は人狼達の為に出来ることを精一杯した。横島も自ら出来ることはしたつもりだ。
 だが、結局は救えなかった。手助けにもならなかった。


 ────共に戦うことも出来なかった────


 人間だから。








 おキヌの署名活動は続く。

「人ではない、でも人と分かり合える者たち。そういう存在と共存できなくて、どうして人は進歩していると言えるのでしょう?
 確かに意思を交わす事も出来ない存在もいます、全く相容れない存在もいます。でも、少なくとも言葉を交わし合い、お互いを理解できる者たちも確かに存在するのです。
 人はそのような者も別種とみなし、排除していくより他ない悲しい存在なのでしょうか?」








20XX年────その年出版の日本地図に、初めて『人狼の里』という村が載った







おしまい






後書きのようなもの

キツネそばです。
似合わないものを書いてます。連載にしたくないので詰め込みました。
タイトルの『境界線』の意味は色々想像してください。
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